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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)4534号 判決 1960年5月25日

原告 株式会社 信和商会

右代表者清算人 長谷川美弥次

右訴訟代理人弁護士 小林澄男

被告 高田章

外三名

右被告等四名訴訟代理人弁護士 宿谷文三

右訴訟復代理人弁護士 森吉昭三

主文

原告に対し、被告高田は別紙物件目録記載の家屋を明渡し、かつ昭和三十二年三月三十日以降右明渡済に至るまで一ヶ月金三千四百四十五円の割合による金員の支払をなし、被告中尾は右家屋のうち六畳一室(別紙要図(1)の部分)、被告公村は同四畳半一室(同図(2)の部分)、被告久保等は同八畳一室(同図(3)の部分)の各明渡をせよ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

この判決は原告において被告等に対し金十万円の共同担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

まず本件家屋に対する原告の所有権の有無について判断する。

本件家屋につき昭和三十二年三月二十九日原告のため競落による所有権取得登記が経由されたことは当事者間に争がないが、被告は右競落の効力を争い、原告の所有権取得を否定するので以下この点について考察を加えることとする。

成立に争のない甲第三号証(根抵当権設定繊維製品売買取引契約公正証書)、証人植松信義、同高田富子、同佐藤好の各証言及び被告高田章本人尋問の結果を綜合すれば、「被告高田の妻訴外高田富子は昭和二十九年三月十日訴外植松信義を代理人として原告との間に債権者原告、債務者植松信義間の繊維製品売買取引契約に基き右債務者が将来負担すべき債務につき富子所有の本件家屋及びその敷地百坪に債権限度額金百五十万円、契約期間の定めなき根抵当権を設定する旨の契約を締結したものであるが右は当時富子の夫被告高田と右植松との間に、同人が原告より仕入れた商品を被告高田と共同販売して相互に利益をはかる旨の約定がなされ、そのため仕入債務の担保を提供する必要が生じた結果に由来するものであつて、もともと本件家屋及びその敷地百坪は被告高田の所有であつたが、同被告は妻富子の老後を思い、これに無償譲渡したという関係から、妻富子においても別に所有意識を固執せず、その管理処分はあげて夫たる被告高田に一任していたものであり、されば被告高田も妻富子に遠慮することなく、同女に対し本件各不動産の登記済権利証、印鑑証明書、白紙委任状等の提出を求めて、これを右植松に交付し、同人を富子の代理人として原告との間に前記根抵当権設定契約を結んだものである。」ことを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

しからば、右根抵当権設定契約は高田富子の包括的代理権の授与に基き有権的に成立したものというに妨げなく、昭和二十九年三月十二日右根抵当権設定登記が経由されたことは当事者間に争がない。

次に原告が別紙不渡約束手形目録記載の手形債権のうち金百五十万円の債権額を以て右根抵当権に基き本件家屋及びその敷地百坪につき競売の申立をなし、原告自らこれを競落し、昭和三十一年十月四日競落許可決定を得、競落代金を支払い、前記のとおり昭和三十二年三月二十九日その旨所有権取得登記を経由したことも当事者間に争がない。が、被告等は、右根抵当権は昭和三十年四月二十三日原告と植松個人との間の商取引関係が終了すると同時は消滅しており、仮りにしからずとするも、右競売申立債権は原告と株式会社植松商店との間に別個に発生した債権であつて本件根抵当権の被担保債権にはなり得ないから、右競売手続は無効である旨抗争するので、さらにこの点について按ずるに、証人植松信義、同佐藤好の各証言に本件口頭弁論の全趣旨を参酌すれば「植松信義は昭和三十年四月頃その経営にかかる商店を会社組織に改め、株式会社植松商店を設立したが、右は対外取引や銀行取引の関係から外形上会社組織を整えたに過ぎず、所謂個人会社の域を出ることなく、その実質はあくまでも植松個人の企業に属するものと目され、されば植松本人よりも特に原告に対し従前の個人取引関係を止揚して新たに株式会社植松商店として取引を開始すべき旨の申入はなく、右会社設立後も漠然と原告との間に取引を継続してきたものであり、一方原告としても本件根抵当権の裏付けあるがゆえに、そのまま右取引に応じてきた次第であつて、もし個人と法人との人格を截然と区別し、個人取引の止揚とともに本件根抵当権設定契約を廃棄するものとすれば、原告としては到底爾後の取引に応ずるはずもなかつた。」ことを認めることができ、右認定の事実に照せば本件根抵当権は株式会社植松商店設立後の取引についても従前の個人取引の延長としてなお担保的効力をもつものと解するのが相当である。本件競売の申立債権たる別紙不渡約束手形目録記載の各手形が株式会社植松商店と植松信義との共同振出名義となつていることはその間の消息を物語るものといい得る。右の次第であるからこの点に関する被告等の前記主張は到底これを採用するに由なく、成立に争のない乙第一乃至第十七号証の各記載、証人植松信義、同岡田金太郎等の各証言中に存する「植松信義の債務の決算関係」に関する供述部分も右認定を動かすに足りず、他に前記認定を左右し得べき証拠は存しない。

以上説示のとおりとすれば原告は有効に本件家屋の所有権を競落取得したものというべきである。

よつて進んで被告等の占有関係について按ずるに、まず被告高田については、同被告が原告の本件家屋所有権取得以前より本件家屋を占有していることは当事者間に争なく、右占有が原告に対抗し得べき正権原を欠くことは同被告の自認するところであるから、右は不法占有というのほかなく、しかる以上原告は被告高田の右占有により本件家屋の所有権を侵害せられ、その相当賃料額に該る損害を蒙りつつあるものというべきところ、右相当賃料額が一ヶ月金三千四百四十五円であることは当事者間に争がない。しからば原告が被告高田に対し所有権に基き本件家屋の明渡を求めるとともに、所有権侵害に対する損害賠償として原告が本件家屋の所有権取得登記を経由した日の翌日である昭和三十二年三月三十日以降右明渡済に至るまで一ヶ月金三千四百四十五円の割合による損害金の支払を求める本訴請求は理由ありとしてこれを認容すべきである。

次に被告中尾、同今村及び同久保寺についても、同被告等が本件家屋のうちそれぞれ主文第一項掲記の部分を占有していることは当事者間に争がないが、同被告等は、本件家屋の前所有者高田富子よりそれぞれ右占有部分を賃借した旨抗争するもので、以下この点について考えてみるに、右被告等の占有開始時期につき原告においては、「被告中尾は昭和三十二年四月頃、被告今村は同年一月頃、被告久保寺は昭和三十一年一月頃」と主張し、被告等においては「被告中尾は昭和三十一年四月、被告今村は同年三月、被告久保寺は昭和二十九年一月」と主張するが、右のうち被告久保寺の占有開始時期が原告主張のとおり昭和三十一年一月であることを成立に争のない甲第二十三号証(昭和三十一年六月十六日附東京地方裁判所執行吏の賃貸借取調報告書)によつて認め得るに止まり、被告中尾、同今村についてはこれを確定すべき証拠はない。しかしながら右甲第二十三号証の賃貸借取調報告書に被告中尾、同今村の賃貸借関係の記載のないところからすれば、同被告等の占有開始は少くとも右取調の日たる昭和三十一年六月十六日以後にかかることが明かである。

ところで昭和三十一年四月二十七日に本件競売手続開始決定がなされたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証(登記簿謄本)によれば同年五月四日に競売申立登記が経由されていることが明かであるから、被告中尾、同今村については同被告等がたとえ本件家屋の前所有者高田富子から右各占有部分を賃借したとしても、右はすでに競売手続開始決定が債務者に送達せられ、かつ競売申立登記が経由され、以て競売の目的物に対する差押の効力が第三者に対しても発生するに至つた時点以後にかかるものとして、右賃借権を以て競落人たる原告に対抗し得ない。

最後に被告久保寺の右占有は前記甲第二十三号証によれば昭和三十一年一月本件家屋の前所有者高田富子と同被告との間に成立した期間の定めなき賃料一ヶ月金二千五百円とする賃貸借契約に基くものであることを認めることができる。

ところで本件根抵当権設定登記が経由されたのは昭和二十九年三月十二日であるから被告久保寺の右賃借権が民法第三百九十五条所定の短期賃借権としての対抗力をもつか否かが問題となる。昭和十六年借家法第一条ノ二の規定せられる以前の判例は期間の定めのない賃貸借は何時でも解約申入により終了せしめ得るとの理由でこれを民法第六百二条所定の期間を超えない賃貸借すなわち所謂短期賃借に該当するものとした。しかるに借家法第一条ノ二の規定が出現し、解約申入が正当事由の拘束を受け、しかもその拘束が次第に強度の力を発揮するに至つた実情にかんがみ、期間の定めのない賃貸借は実質上むしろ長期賃貸借に類するものとして、これを民法第三百九十五条所定の短期賃貸借より排除せんとする傾向を生じ、次第に学説、判例の支持を得つつある。しかしながら民法第三百九十五条の規定は抵当物件の交換価値との調整をはかろうとする規定であるから、でき得る限り右二つの要請を満足し得るような解釈をとるべきであり、しかるときは期間の定めのない賃貸借は所謂短期賃貸借として抵当権者及び競落人に対抗し得るものとするとともに競落人は何時にても解約申入をなし得るものとする解釈をとるのが相当である。かく解するにつき借家法第一条ノ二は別にその妨げとならない。なんとなれば同じく正当事由といつてもその間にはそれぞれ比重の大小があり、或る事由は殆んどいかなる場合にも決定的正当事由たることもあり得るからである。これを今民法第三百九十五条の場合についてみるに、もともと競落人は目的物件を抵当権設定登記当時の状態において取得するのが本則であるが、競落人が目的物件を取得するまでの間抵当権設定者に当該物件の利用として短期賃借権の設定を許すことが交換価値と利用価値とを調節せしめる所以であるとし、ただ利用者たる賃借人の立場から期間の定めのある場合競落後も若干の残存期間競落人に対抗し得る場合のあることを認めたのが右法案の法意であるから、期間の定めのない賃貸借の場合にも競落人に何等拘束の伴わない解約申入を許す限りこれを短期賃貸借より排除する必要はなく、右の場合借家法第一条ノ二との関係においても、民法第三百九十五条の法意から競落人が解約申入をなす場合には絶対的正当事由があるものと解するに妨げない。

右の見解に従えば被告久保寺の前記期間の定めのない賃借権は所謂短期賃借権として競落人たる原告に対抗し得るものであるが原告は本訴において同被告に対しその占有部分の明渡を請求しており、右はもし賃借権の対抗を受ければ解約申入をなす意思表示を包含するものと解されるところ、本訴提起後既に六ヶ月を経過していることは本件記録に徴して明かであるから、被告久保寺の賃借権も消滅しているものといわなければならない。

以上の次第で被告中尾、同今村及び久保寺の前記占有も結局正権原を欠き原告に対抗し得ないものというのほかないから、原告が所有権に基き同被告等に対してその占有部分の明渡を求める本訴請求は正当として認容せらるべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 古山宏)

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